あの後、カカシ先生にちゃんと説明する暇など当然ある訳なくて、結局勘違いしたままカカシ先生は任務に行ってしまった。
「あーあ、もう・・・」
誤解を解きたくても、しばらくカカシ先生は帰って来ない。
やっぱりすぐにでも追いかけて、ちゃんと説明すべきだったのかな・・・。
そうした方がいいとは分かっていたけど、勝手に誤解して機嫌を損ねていたカカシ先生が妙に腹立たしくもあり、
私の方からわざわざ出向いてまで釈明するのも、やっぱり癪に障った。
「勝手に誤解する先生も悪いのよ・・・」
自分の行動はこの際棚に上げて、愛しい恋人のそそっかしさのみ、密かに咎める。
もういいや。帰ってきたら、説明するから・・・。
結局そのまま不貞寝をしてしまい、翌日、災難の素となったチャイナドレスをさっさと衣装ケースに戻すことにした。
「あれー、もういいの? どうだった、着心地は・・・」
「えーと・・・、私にはまだ早かったみたいです・・・。あははは・・・」
何も知らないシズネさんが、天真爛漫に尋ねてくる。
まさかねぇ・・・、「カカシ先生がとんでもなく感違いしちゃって・・・」なんて、言える訳がないよね・・・。
「それで、何だか険悪気味になっちゃいました」なんて・・・、やっぱりやっぱり言えない。カカシ先生の名誉にかけても。
見事なまでにニッコリと作り笑いを浮かべて、昨日のトラブルなど微塵も感じさせないように受け答えに注意した。
「そ、そういう訳で、また仕舞っておきますね。ありがとうございました」
「うん、また着たくなったら着てもいいよ。・・・ねぇ、カカシさん、何か言ってた? 見せたんでしょ?」
「え・・・? あー・・・、あの・・・、す、素敵なドレスだねって・・・。あ、あはは・・・」
「へー。・・・で? それで?」
シズネさん、目が爛々と輝いてる・・・。興味津々なのが、丸分かりなんですが・・・。
「う・・・うああ・・・」
「・・・?」
拙い。これ以上この話題に触れて欲しくない・・・。
勘の鋭いシズネさんの事だ。このまま喋っていたら、絶対ばれちゃうに違いない・・・。
「え、えーと・・・、それだけです。・・・そ、それじゃ、私、昨日の続きの棚の整理してきます!」
「・・・そんなに慌てて仕事しなくても、大丈夫だよ・・・」
まだまだドレスの事を話題にしたそうなシズネさんだったけど、適当に誤魔化して話を切り上げた。
バタン! ――
つ、疲れる・・・。
何で私がこんなに気を遣わなきゃいけないの・・・? カカシ先生の早とちりのために。
私の方こそ、勝手に誤解されていい迷惑なのに・・・。どうも納得いかないなぁ。
「はぁ・・・、参ったなぁ・・・」
今頃、カカシ先生は何思ってるんだろう・・・?
まあ、先生の事だから、いざ任務になればそんなの忘れて仕事に没頭してるんだろうけど・・・。
私はと言うと、カカシ先生にそんな風に誤解されている事がとっても負担で堪らない。
何か嫌だなぁ・・・。こんな気持ちで何日も過ごすのは・・・。
「やっぱり家まで我慢するんだった・・・」
そうすれば、こんな面倒な行き違いにはならなかったのにね・・・。
それよりも、何で昨日に限ってあんなに早く帰ってきちゃったの。カカシ先生。
「あーっ! もう止め止め!」
グチグチ考えていても仕方ない。
先生が帰ってきたら、すぐさま「あれは誤解です」って説明しよう。
できればその前に、「アハハハ・・・ついつい勘違いしちゃったよ・・・」って、先生の方から気付いてくれればラッキーなんだけど・・・。
どうかなぁ・・・?
「カカシ先生・・・」
早く先生に逢いたいな・・・。逢って、このモヤモヤを綺麗サッパリ取り払いたい・・・。
いつも通りに「ただいまー!」って、笑って帰ってきてくれるかな・・・。
きっと、帰ってきて・・・くれる、よね・・・?
そして、あれから一週間が過ぎ、カカシ先生の帰還の日がきた。
いつもなら里に戻ってくるなり、すぐさま私を見つけ出して、強引にその夜の約束を取り付けてくるカカシ先生。
『ただいまー。サクラ、今夜空けといてねー』
『えー・・・、そんな急に言われても・・・』
とりあえず困った振りをしてみせるけど、実は私もドキドキワクワクしながら、先生からのお誘いをいつも心待ちしているのよね。
余程の事がない限り、カカシ先生は私を誘ってくれる。
だから、きっと今日も――
おかしいなぁ・・・。もうすぐ終業時刻だよ・・・。もう帰ってきているはずなのに・・・。
そわそわと窓の外を眺め、廊下の気配を探って、カカシ先生が現れるのを今か今かと待ってるんだけど、一向に現れない。
まだ帰ってきてないのかなぁ・・・。それとも、すぐに別の任務が入っちゃたのかなぁ・・・。
それはそれで珍しい事ではなくて、今までにだって何度もあったけど、そういう時でもちゃんと連絡は入れてくれた。
どうしよう。このまま待っていた方がいいのかな・・・? 黙って帰っちゃって、入れ違いになったら嫌だし・・・。
でも、残業するほど仕事は溜まってなくて、仕方なくノロノロと机の周りを整理整頓してみたけど、それもものの五分で終わってしまった。
「サクラちゃん、もう帰っていいよ」
「あ・・・、はい・・・」
シズネさんが気を利かせて声を掛けてくれる。
あーん、居残る理由が見付からないよぉ・・・。
「それじゃ・・・、お先に失礼しますね・・・」
「はーい。また明日ー」
本当はもう少し粘りたかったけど仕方ない。諦めて帰り支度を始めた。
先生、どうしちゃったのかなぁ・・・。何かあったのかな・・・。ひょっとして、連絡も取れないような大怪我でも・・・?
ま、まさかね・・・。カカシ先生に限ってそんな事・・・。でも、普通じゃない精神状態で任務に行って、それで・・・。
あ、あり得たりするかも・・・。うわー・・・!どうしよう・・・!
こういう時って、どんどん悪い想像ばかり沸き起こるもので・・・。
頭の中で勝手に先生を重傷人に仕立て上げ、可笑しいくらいにワタワタと慌てふためいた。
受付所に寄って、一度確認してみようかな・・・。入院するような重傷だったら、いろいろ用意しなくちゃいけないし・・・。
くるっと振り向き、元来た道を引き返そうとする。
思いっ切りダッシュをしようと力を込め、勢いよく顔を上げたら――
「――!」
「あ・・・」
すぐ目の前に、カカシ先生が立っていた。
「や、やぁ・・・」
引きつった笑顔を浮かべて、カカシ先生が挨拶してくる。
心なしか、どことなく慌てているように見えるんですけど・・・。
・・・まるで、私に見付かって、「しまった・・・」って言ってるみたいなんですが・・・。気のせいですか?
って言うか、私が振り向かなかったら、ひょっとして、そのまま知らんぷりするつもりだったの!?
「お、お帰りなさい・・・。先生、元気そうだね・・・」
「ああ・・・、何とかね」
不審気に目を泳がせているけど、とりあえずどこも怪我はしていないみたい。
重体説は取り下げていいみたいね・・・。
ちょっと釈然としないけど、まぁいいわ。さっさと誤解を解いてしまわないと・・・。
「あ、あのね・・・。実は、カカシ先生に話したい事が――」
「あぁ、ごめん。また今度な・・・。今急いでるんだ」
悪いな――
軽く身を引き、片手を挙げ謝ってくる仕草が、やけに他人行儀に見える。
いつものカカシ先生の態度じゃない・・・。
目には見えない頑強な壁が私と先生の間にしっかりと存在していて、私が踏み込む事を容赦なく阻んでいるような、そんな雰囲気。
予想外の対応に思わず怯んだ私をそのままに、カカシ先生がその場を歩み去ろうとした。
「え・・・?」
それだけ・・・?
いつもみたいに、「今夜、予定空けといて」って言ってくれないの・・・?
慌てて振り向き、先生の背中をじっと見詰める。
「・・・カカシ先生・・・?」
振り向いて・・・。ねぇ、こっち向いてよ。
「あっ、言い忘れた・・・」って、もう一度こっちを振り向いてよ・・・。
「・・・先生・・・ってば・・・」
いつもと変わらぬ歩調で、どんどん遠ざかっていく――
そして、とうとう一度も振り向かないまま、カカシ先生は行ってしまった。
「そんな・・・」
ひょっとして・・・、まだ怒ってる・・・? とんでもなく怒ってる・・・?
どうしよう・・・。どうすればいいんだろう・・・。
サーッと頭から血の気が引いて、足がガクガク震え出した。
指の先が冷たい。物凄い勢いで、心臓がドキドキし始める。
あまり深く考えていなかったけど、本当は物凄く大変な事態になっているのかもしれない・・・。
どうしよう・・・。言わなくちゃ・・・。あれは違うのって、ちゃんと言わなくちゃ・・・。でも――
誘われてもいないのに、勝手に先生の部屋に押しかけてもいいのかな・・・。
いつだって、先ず先生が誘ってくれて、それで私が訪ねていってた。
だから、呼ばれてないのに勝手に行ってもいいのか、よく分からない・・・。
言わなくちゃ・・・、言わなくちゃ・・・。でも、どうやって伝えればいいのか分からない・・・。
どうして、黙って行っちゃったの?
ただ今日は忙しいだけ? それとも、もしかして私の事・・・。
どうしよう・・・。どうしよう・・・。
一言・・・、たった一言「おいで」って言ってくれたら、喜んで飛んで行けるのに・・・。
ねぇ・・・、私一体、どうしたらいいの・・・? カカシ先生――
信じられない思いで、呆然と廊下に立ち尽くす。
もしかしたら、カカシ先生が戻ってきてくれるかもしれない・・・。
淡い期待を込めて、必死に祈るようにその場を動けずにいる。
でも、いくら待っても・・・、カカシ先生は戻ってこなかった。
「・・・カカシ先生の・・・馬鹿・・・」
結局、私は先生の部屋には行けず、とぼとぼと自宅に戻った。
そしてそのまま、もう何日も経過している。
アカデミーのあちこちで何度か先生を見かけて、その度に懸命に追いかけようとするんだけど、
どういう訳かいつも邪魔が入り、気が付くといつもその姿はどこかへ消えていた。
スケジュールが忙しいのか、折を見て待機所に出向いてもいつも留守で、今どこにいるのかさえ私には分からない。
私が逢いたがっている事をカカシ先生だって知っているはずなのに・・・。
まるで、あからさまに避けられているみたい・・・。
・・・もしかして、意識的に私から逃げているの・・・?
「・・・・・・」
一度行きそびれると、どんどん先生の部屋に行き辛くなってしまった。
やっぱり、勝手に押しかけるなんて無理・・・。
もし、『どうして来たんだ?』って、そんな顔をされたら・・・、そう思うと・・・。
足が竦んでしまう。怖くて行けない。
詰まらない事をあれこれ考え過ぎちゃって、どんどん身動きが取れなくなる。
悪い思いに雁字搦めになって、自分で自分を追い詰めていった。
カカシ先生が一言誘ってくれたら・・・、こんな気持ち、あっという間に吹き飛んじゃうのに・・・。
お願いだから、姿を見せてよ。こんな気持ちで待ち続けるなんて辛すぎる。
カカシ先生・・・、今日も話しかけてくれないのかな・・・。
どうして、逢ってくれないのかな・・・。
本当に、本当に、私の事・・・。
一体、どうすれば・・・。
不安と猜疑心ばかりが、大きく膨らんでいく。
心の中の暗雲に今にも押し潰されそうになってしまって、もうどうしていいのか分からない。
分からない、分からないよ・・・。
お願いだから助けて、カカシ先生――